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アベノミクスの正体-手段が実は目的だった

「アベノミクス」の正体-手段が実は目的だった

 

昨日衆議院選挙が行われ、自民党が4議席減、公明党が4議席増という結果になり、自公合わせた与党議席数は、解散前と変わらず326議席となり、3分の2以上を確保しました。安倍首相は「国民の信を得た」として、アベノミクス継続となるでしょう。安倍首相の本音は、「経済政策より安全保障。目標は戦後初めて憲法改正した首相として、歴史に名を残すこと。経済政策は支持率維持のための手段にすぎない。」ということだと思いますが、そもそもアベノミクス、あるいは日銀の量的・質的金融緩和(異次元緩和)の正体を正しく理解する必要があるでしょう。

 

結論から言いますと、その正体とは「通貨安進行を犠牲にして、長期金利上昇を限界まで防ぐこと」です。白川前総裁時代までは、「日本は政府負債(国債発行残高)は多いものの、そのほとんどが国内消化されており、その原資は勤勉(貯蓄好き)な日本国民が戦後ずっと蓄積してきた個人金融資産である。」という状況で、円は通貨としての安定性の高い安全資産、という位置づけでした。しかし、国債発行残高の増加は止まらず、そのままでは2017年から2018年ごろに国債発行残高は個人金融資産を上回ってしまうところでした。

 

そうなってしまったら、日本以外のほぼすべての国が行っているのと同様に、外国人投資家に日本国債を引き受けてもらうしかありません。しかし利回り1%にも満たない10年国債を引き受けてくれる外人投資家などいるわけもなく、引き受けてもらうためには少なくとも3%程度の利回りが必要でしょう。しかしそれは、保有国債の価格が大幅に下落すること、および政府の利払い費用が毎年増加し続けることを意味します。それを許容できない日本は「中央銀行に国債を引き受けてもらう」という究極の禁じ手に打って出たのが、異次元緩和です。

 

中央銀行が自国発行の国債を引き受けるとならば、当然に通貨下落に繋がります。そこでアベノミクスでは、通貨下落を良いこととして利用しよう、となりました。円高&デフレだから日本は苦しんできた、円安&インフレにすれば日本は復活する、としたのです。円安進行すれば、輸入物価は上昇し、当然にインフレは起こります。私はアベノミクスのスタート当時から、「今の日本では円安になっても輸出が増える構造ではない」と主張していましたが、変わり者の戯言だと捉えられ、実際になかなか輸出が増えない中でも、J-カーブ効果を私に解説してくれる人まで現れました。

 

円安進行から2年間、アベノミクスの象徴である異次元緩和スタートから1年8カ月間が経過し、今の日本は円安進行でも輸出が増えない、という意見が散見されるようになりました。また、異次元緩和スタート後のマネタリーベースとマネーストックの推移を見れば、異次元緩和が金融緩和策としての景気浮揚効果を、ほぼ全く創出していないことが明らかです。添付ファイルの推移をご覧いただければ、異次元緩和スタートでマネタリーベースは確度を変えて急増し続けているのに対し、マネーストックは異次元緩和後もそれまでの緩やかな上昇ペースが全く変わっていないことが見てとれると思います。つまり、国債買い取りで日銀に資金を突っ込まれても、新たな貸出先がどんどん見つかるということがあるはずもなく、余った資金は日銀の当座預金に金利0.1%で積まれている、ということです。言葉を変えると、信用乗数の低下です。

 

日銀の金融政策が、輸出増加にも国内経済浮揚にも結びついていない、ということは、その行為、つまり大規模な国債買い入れ自体が目的だったと考えるのが自然ではないでしょうか。別の切り口でも考えます。仕事をもっている人なら誰でも、最大のリスクは「失職」でしょう。官僚だって同じです。本来ならば、現在の日本が取るべき政策は「緊縮財政の受け入れ(歳出の大幅削減)」です。しかしそれは既得権益者にとって不都合なものであり、公務員数の大幅削減にでもなれば官僚にとって「失職」の危機です。長期金利を低位安定させ、財政赤字を日銀に引き受けてもらえば、とりあえず日本の財政は回ります。過度に円安が進行して国民生活がどんなに苦しくなろうが、官僚たちにとって「失職」のリスクは発生しません。しかも円安は徐々に進行し、国民生活も徐々に苦しくなっていくのに対し、歳出大幅削減は一気にやってくるものです。自分たちが一気に失職リスクを取るのではなく、国民生活が真綿で首を締められるように苦しくなっていくという選択。「通貨の大幅下落」と「長期金利の上昇」という2者択一で、長期金利を守る代わりに通貨大幅下落を犠牲にする、という選択は極めて合理的判断だったと言えるでしょう。

 

「アベノミクスあるいは異次元緩和で株価上昇したじゃないか。それは資産効果を通じて景気浮揚効果だ。」との反論があるかもしれません。しかしアベノミクスあるいは異次元緩和で日本株が上昇したのは、「思い込みと結果オーライ」によるものだと言えます。2012年11月から2013年5月までの日本株上昇は「円安が日本企業の業績を大幅に押し上げる」という思い込みによるものでした。その後、2013年度は円安効果も多少ありましたが、それ以外の操業度正常化などが主な要因で、大幅増益という結果となり、日本株上昇を後付で正当化することになりました。

 

これまで何度もご説明していますが、円安進行後の各社の業績が発表され、円安と業績の関係は明らかになっています。その証拠が、円安株高の相関の消失です。株価=業績×バリュエーション、というメカニズムの元に、今後も株価は業績動向で決まっていくでしょう。しかし、いつの日にか海外投資家が上記の「アベノミクスの正体」に気付き、日銀の政策は国家財政ファイナンス(財政赤字を中央銀行が補てんする行為)だ、とみなし、円という通貨の信認が失われ、円資産売り(株、不動産などすべての円建て資産)に動く時が来るでしょう。そこからは円安株安という新たな相関が生まれ、円安が加速していきます。それでも最後の最後まで、日銀は国債の買い支えを続け、債券相場は崩れないのでしょうが。

 

そもそも「大規模量的緩和で経済を立て直す」という政策がアベノミクスの根幹をなしたのは、「米国が3度におよぶQEで経済が立ち直った、という成功例をなぞる」という理由によるものでした。「米国でもうまくいったのだから、日本でもうまくいくはずだ」といわゆるリフレ派の学者たちは口をそろえて言っていました。しかし私が当初から主張していたように、現実は違います。「当時の米国だったからこそ、QEによって経済の立て直しに成功した」というのが正解です。言い換えれば「米国以外のどこの国が行っても、米国のような成功は導くことができない」ということです。

 

米国が成功した鍵は、1.大規模な国債買い入れを行っても、米ドルの大幅下落が起こらなかった、2.FRBの国債買い入れによるマネタリーベース増加が、マネーストック増加に繋がった(QEにより銀行融資の伸びが加速した)、という2点にあります。

 

まず1.に関してです。一般的に中央銀行が大量の通貨供給を行えば、通貨は下落します。数量が多くなれば単価は下落する、という経済学の基本です。ところがQEが始まっても米ドルは対円以外のほとんどの通貨に対して大幅には下落しませんでした。これはひとえに、「米ドルが現在でも事実上の基軸通貨である」ということがその理由です。世界中のすべての商品が米ドルで決済されており、各国が外貨準備を持つにあたり、そのすべてか大部分を米ドルで保有します。また米国債の利回り水準が十分魅力的だったことも重要です。世界各国は外貨準備を米ドルで持ち、具体的には米国債で保有します。つまり、米ドルないしは米国債は世界中で需要があるのです。そのためFRBが大規模な通貨供給を行っても、米ドルの大幅下落に繋がらなかったのです。

 

次に2.に関してです。米国が金融緩和政策を取り始めた2007年半ばには、米国の短期金利は4%という水準でした。それをリーマンショック直後までの1年半足らずで、0%まで継続的に利下げを行いました。さらに資金繰り悪化による銀行の信用収縮に対応して、QE1で大量の資金供給を行いました。すなわち、借り手にとっては借り入れ金利の劇的な低下(資金を借りやすくなった)、貸し手にとっては資金供給を受けた信用収縮の解消(資金を貸しやすくなった)という両面で変化が起きたのです。それにより潜在的な借り入れ需要が喚起され、融資の伸びに繋がっていったのです。

 

以上のように、米国がQEで経済を立て直したことは、当時の米国にしかなしえない奇跡だったのです。2013年4月時点で、「なぜ米国ではQEが成功したのか。なぜ日本で同じことをやってもうまくいかないと予想されるのか。」を理解していた人は少なからずいたはずです。私が理解できていたのですから。にもかかわらず、日銀の大規模国債買い入れを柱とするアベノミクスが実行された理由は、やはり手段こそが真の目的だったとしか考えられません。