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リフレ派とクルーグマン信奉者への反論(非会員閲覧可)

リフレ派とクルーグマン信奉者への反論

 

拙著「円安恐慌」の出版から、早いものでもうすぐ半年になります。出版直後に、アベノミクスが台頭し、円安がどのような影響をもたらすかを記述した拙著も、静かに注目され、反論も多数いただきました。「極論」とか「そんな事になるわけがない」というようなロジカルでない反論には、こちらとしては反論しようもありませんが、ロジカルな反論としては以下の2つがありました。

 

1.米国が積極金融緩和を縮小に向かわせることから、円安が過度に進行しそうな場合には、日銀が積極金融緩和を停止し、引き締めの方向に政策転換すれば、過度な円安進行はコントロールできる。(いわゆる「リフレ派」の意見です。)

2.金融緩和によるインフレは総需要曲線を右シフトさせ、実質GDPを増加させる効果がある。一方、原価上昇によるインフレは総供給曲線を左シフトさせ、実質GDPを減少させる効果がある。(ポール・クルーグマンに代表されるニューケインジアン経済学者の理論です。)円安進行による輸入物価の上昇による原価上昇で、総供給曲線は左シフトするが、一方で、金融緩和による総需要曲線の右シフトも起こるはずであり、トータルで考えると実質GDPの押し上げ効果が勝るのではないか。

 

これらに対して反論したいと思います。まず共通の反論は、学者の理論はあくまでも一般化したもの(国が平常な状態にあることを前提にしている)であり、過去の経緯の結果である「現状の日本」という特殊事例を前提にしたものではない、ということです。これだけではよくご理解いただけないと思いますので、それぞれについて詳しく反論します。

 

まず、1.についてです。拙著の重要なテーマにもなっていますが、日本はGDPの2倍を超える水準(世界の国で圧倒的高水準です)の政府負債を抱えていますが、そのほとんど(90%以上)が国内で保有されているため、財政的に安定しているとみなされ、長期金利は世界でもトップクラスの低水準を維持できてきました。言い換えれば、官民の国内投資家が一致団結して長期国債を買い支えてきた、ということです。4月4日の日銀決定会合で、日銀が長期国債を積極買い入れしていくことが決まり、長期国債を買い支える主体として日銀が加わることになりました。

 

中央銀行が自国の国債を大量購入する、という行為は、第1次大戦後のドイツや第2次大戦中の日本に行われましたが、これは国の負債を中央銀行が引き受けるという、いわゆる財政ファイナンスであり、中央銀行の禁じ手です。現在は「異次元の金融緩和」として好評価されていますが、これが将来的に財政ファイナンスであると見なされ、過度な円安進行につながるリスクは明らかです。

 

やや話がそれましたが、リフレ派は過度な円安進行を防ぐためには、金融緩和を縮小、それでも足りなければ引き締めを行えば、過度な円安進行は制御できる、としています。いわゆる「日銀の出口議論」です。実際に、岩田日銀副総裁は国会答弁で「出口戦略を行う必要があるときには、日銀の保有国債の売却は当然選択肢の一つである」としていました。「通貨供給量を相手(ドル円であれば相手は米国)に合わせて増減させることにより、為替レートはコントロールできる」というリフレ派の理論は、「理論的には(一般論としては)」正しいと思います。

 

ただ、「現在の日本で」という特殊な状況ではどうでしょうか。繰り返しになりますが、これまで国内投資家が国債を買い支えてきたからこそ、膨大な政府負債を抱えているにもかかわらず、長期金利は安定低水準だったのです。この状況は、過去も現在も他に例がありません。そこに日銀も買い支えに加わり、長期金利を低水準で安定推移させようとしています。今は積極金融緩和という大義名分があるから、日銀の国債買い入れが正当化させています。しかし、岩田氏が言うように、出口戦略を行う必要がある時が来て、日銀が保有国債の売却に動いたら、長期国債市場はどうなるでしょうか。当然、大暴落(長期金利の大幅上昇)でしょう。

 

要するに、米国が積極金融緩和を縮小してドル高がけん引する形で、円安が過度に進行しそうな場合に「日銀が米国に合わせて金融政策を引き締め方向に転換する」という選択肢は、理論的には存在しても現実的には存在しないのです。それが事実上存在しないのであれば、過度な円安進行となっても日銀は国債買い入れを続け、長期金利の上昇を防ぐしかないのです。しかし、過度な円安進行は過度なインフレにつながり、いずれ長期金利の上昇は避けられなくなるでしょう。

 

もしかしたら、岩田氏が言うように、日銀が保有国債を売却(少なくとも買い入れを停止する)することで、過度な円安、過度なインフレを抑制しようとするかもしれません。その時は長期金利が大幅上昇しますので、金利上昇による金融機関の保有国債価格の下落、行きつく先は日本の財政的行き詰まりであることをグローバル市場は織り込み始め、結局、過度な円安進行は避けられない、という事になるでしょう。いずれにせよ、そうなったら順序の問題だけで、過度な円安進行と長期金利の大幅上昇がどちらも起こるのです。「現在の日本で」考えた場合、リフレ派の理論は通用しない、ということです。

 

次に2.です。円安による輸入物価上昇で、原価上昇となり総供給曲線が左方シフトし、実質GDPを押し下げる、ことは認識されていますので、問題は金融緩和が総需要曲線をどのようにシフトさせるのか、です。「金融緩和」と「総需要曲線の左方シフト」の間になるプロセスを、もう少し詳しく考えてみましょう。金融緩和が実行されると、潜在資金需要が喚起される、すなわちそれまで金利が高かったからとか、信用力の問題で借り入れができなかったから、銀行から資金借り入れをしてこなかった、あるいはできなかった法人・個人が、金融緩和が行われたことにより、資金借り入れを行う事ができ、それが設備投資や新規雇用に使われることにより、総需要曲線が右方シフト(増加)する、という流れです。「一般的には」、その通りです。

 

ただこれも「現在の日本で」という特殊な状況ではどうでしょうか。日本では、金融緩和も量的金融緩和も今に始まったことではありません。銀行には潤沢な流動性資金が供給され続けてきました。しかしながら日本では、これまでは金融緩和が総需要曲線の右方シフトにつながった、という形跡は見られませんでした。なぜか。答えは単純明快で、銀行が資金を貸せると判断する法人・個人からの資金需要が、金融緩和でも増加しなかったからです。また、信用リスクの高い法人・個人から、いくら資金需要があったとしても、銀行の審査基準をクリアできなければ、たとえ金融緩和が行われても資金の貸し出しは実行されません。

 

今回の「異次元の金融緩和」の内容は、手法的には長期国債を大量に買い入れるという新しさはありますが、効果としては量的金融緩和の「量」をこれまでよりも大幅に増加させることにすぎません。これまでの金融緩和で(量の拡大も継続的に行ってきました)喚起できなかった資金需要が、量の更なる拡大を持って喚起できるとは考えられません。また、(金融緩和の結果として発生した)円安による業績回復により、新たな資金需要が喚起される、という意見も存在します。自動車を中心に、業績の為替感応度が高く、かつ製品の国際競争力が失われていない業種では、そのような動きが起こるかもしれません。しかし、日本経済全体からみれば、あくまでもごく限られた領域での話であり、全体への影響は極めて限定的でしょう。したがって、「現在の日本では」金融緩和による総需要曲線の右方シフトはほとんど期待できず、もっぱら円安による原価上昇による総供給曲線の左方シフトのみが起こることが想定されるのです。

 

また、クルーグマンは、日銀がいくら国債を引き受けても、総需要が総供給を上回らない限り(流動性のわなが日本に存在する限り)、紙幣増刷によるインフレは起こらない、と言っています。その面だけからすれば、それはその通りなのですが、国債引き受けによる積極量的金融緩和によってもたらされる円安進行によって、輸入物価上昇を通じたインフレはもたらされるのです。つまり、総需要が増えることで総供給を上回る前に、円安による輸入物価上昇により(総供給が減ることで)インフレが起こり、それが長期金利の押し上げ要因になっていくということです。

 

クルーグマンは、日本経済について、これまで積極量的金融緩和実行を提言してきました。資金需要が起こらない(総需要が増えない)のは、量的金融緩和の「量」が足りない為であるはずだ、という考え方がベースになっているわけですが、「現在の日本は特殊な状況に置かれていて、たとえ無尽蔵に量的金融緩和したところで、(銀行の審査基準をクリアする相手の)資金需要など起こらない、とは考えられなかったのでしょう。米国人的発想では、おそらく考えられない事なので。

 

このことに安部政権が気付き、金融機関に融資の審査基準を引き下げるように圧力をかけて、強引に資金需要を作りに行く、という話になったら、まさに最悪です。それらの融資は、早晩、不良債権の山になることは火を見るより明らかだからです。1980年代のバブル、そして1990年代のバブル崩壊の歴史をまたここで繰り返すほど、日本人は馬鹿ではない、と信じたいです。