法人税率引き下げの行く末-財務官僚の意地を甘く見るな
予想通り、追加成長戦略の目玉は法人税率引き下げとなりました。すでに6月10日付のコメントで、現在議論されている形での法人税率引き下げは、多くの中小企業を苦境に追い込み国内景気悪化要因になり、上場企業の株価上昇効果も限定的との見方をお伝えしました。今回は全く別の切り口で、法人税率引き下げはとん挫する結末になりそうだ、ということをご説明します。目先の市場見通しには関係ありませんが、中期的には安倍政権のリーダーシップの評価ということで、市場にとっても重要な意味を持ちます。
そもそも法人税率引き下げという話は、2014年1月にスイスで行われたダボス会議でのスピーチで、安倍首相がその方針に言及したことから始まりました。噂によると、ダボス会議に向かう飛行機の中でスピーチ・ライター(スピーチ原稿を書く人)とのやり取りの中で、法人税率引き下げという話が出て、安倍首相が気に行ってスピーチに使ったそうです。その噂の真偽はどうでもいいとして、確かなのは財務省にも自民党税調にも前もって話をしていなかった、ということです。
日本は大きな財政問題を抱えており、財務省も税調も税収減少するような政策は認めることができません。安倍首相はダボス会議という国際会議で言及し、いわば法人税率引き下げは国際公約と化してしまいましたので、後には引けず「財源を考えるのが君たちの仕事だろ!」と言ったそうです。そこで出てきたのが、法人税収全体でネットチャラ、つまり減税分をどこかで増税し法人税全体の税収が変わらないのなら、法人税率引き下げをしてもいい、という現在の形になりました。安倍首相は財政健全化も政策の柱としていますので、その条件を飲まざるを得なかったのでしょう。
具体的な方法はどうあれ、いずれにせよ7割の赤字法人に増税を負担してもらう、ということになります。そんな事をすれば中小企業は苦境に陥り、従業員の給与増加どころか給与引き下げ、人員削減という方向に進むことはすでにご説明しました。現実的には、その(赤字法人に負担させる)やり方には関係各所から反対の声が上がるでしょうから、増税側の財源確保の方策を固めるのは困難を極めるでしょう。年末までに詰める、ということですが、出来ない(詰められない)可能性は相当高いと思います。
私は「法人税収全体でネットチャラ」という条件を出してきたのは、財務省の作戦だと思っています。財務省に限らず、高級官僚は「自分たちが陰で政策を固めているからこそ、日本が回っている。政治家は単なるメッセンジャーにすぎない。」という極めて高いプライドを持っています。それなのに事前に何の断りもなく、安倍首相が勝手に法人税率引き下げを打ち出したことで、財務官僚のプライドは痛く傷ついたことでしょう。そこで財務省は仕返しを考えたと思うのです。つまり、財務省は「法人税収全体でネットチャラ」は実現不可能だと読み、それを条件に出したのです。中小赤字法人の負担増加には反対する議員は(自民党内にも)多数いるでしょう。結果、年末までに増税側の政策が決められないとなれば、「来年度からの法人人税率引き下げ」という今回の追加成長戦略の目玉が実行できません。安倍首相にとっては大失態となり、財務省の仕返し成功です。安倍首相は、増税側の政策がないまま減税先行で見切り発車したいでしょうが、財政不安を高めるという理由で財務省はネットチャラの条件を撤回しないでしょう。
今年年末は、2015年10月から消費税率を8%から10%に引き上げる決断のタイムリミットでもあります。国内景気腰折れリスクから消費税率引き上げもできず、法人税率引き下げも実現できないことが明らかになった時、中長期外人投資家からの安倍首相に対する評価は地に落ちるであろうことは言うまでもありません。