株と為替の価格形成メカニズムの違い
10月31日の日銀の追加緩和以降、円安株高の相関が復活しています。それ以前は、円安株高という相関がかなり失われてきていたことは、これまでも何度もご説明してきました。そもそも円安と株高の間には、何の直接的関係はなく、円安→業績押し上げ→株高、というように業績という架け橋があっての相関であり、円安進行の業績押し上げ効果が全体としてはさほどではなく、その効果は自動車完成車メーカーなどごく一部の企業に集中している、ということが円安進行が始まった2012年11月以降の各企業の業績発表内容で明らかとなったことが、追加緩和以前に相関が失われた理由でしょう。
ではなぜ円安株高の相関が突如復活したのでしょうか。それは、追加緩和以降、市場で活発に動いて相場を動かしているのが、もっぱら先物・オプション業者などの短期投資家だけだからでしょう。短期投資家は、業績やバリュエーション、業績という架け橋などと言った理屈は一切考えず、値動きだけを見ていわば条件反射的に行動します。追加緩和を受けて、円安株高という値動きになったため、以前の条件反射の記憶がよみがえり、円安を受けて株買い、株高を受けて円売りという行動を取る短期投資家がさらに増え、今に至るということです。いわゆるマネーゲーム銘柄がその典型ですが、株価は短期的にはファンダメンタルズでは全く説明できない水準まで上昇することはあります。ただし、その持続力は短く、いずれファンダメンタルズで説明できる水準に戻っていきます。今の日本株市場(あるいは日本株の先物市場)は、まさにマネーゲーム銘柄状態です。12月12日のメジャーSQが転機になる可能性が高いと思うものの、決め付けるのではなく、SQまで、そしてSQ以降の値動きを見て、実際に明確な値動きの変化が出てから判断したいと思います。
前置きが長くなってしまいましたが、今回は「業績という架け橋」とは違う観点から、円安株高の相関が失われていく理由をご説明します。それは株と為替の価格形成メカニズムの違いです。株価は、「株価=業績×バリュエーション」であり、株価上昇するためには業績、バリュエーションのどちらかあるいは両方が切り上がる必要があります。業績成長を大きく超えて株価が上昇した場合、バリュエーションの大幅な切り上がりでの株価上昇となるわけですが、そもそもバリュエーションとは他との比較による割安割高を見るものです。すなわち「バリュエーションの大幅な切り上がり=他と比較した割高感の高まり」となり、株価は業績成長を超えて上昇すればするほど上昇しにくくなります。
当り前じゃないか、と言われそうですが、為替の場合は違うのです。一般的に通貨安が進行すると、期待インフレ率が上昇し長期金利が上昇、中央銀行は通貨安進行とそれによるインフレ加速を食い止めるために、短期金利を引き上げ引き締め政策を取ります。それにより一定期間は通貨安進行を止められても、長短金利の上昇は、景気見通しを押し下げ、国家の財政負担も増加させます。それが更なる通貨下落に繋がっていくのです。すなわち過度な通貨安は、さらに過度な通貨安に繋がっていくスパイラル的な価格形成となるのが為替なのです。つまりイメージとして、株価がXの2分の1乗の形状(傾きがだんだん寝てくる曲線)になるのに対し、為替はXの2乗の形状(傾きがだんだん立ってくる曲線)になるのです。
日本の場合は、上記の一般的ケースと異なり、ドル円はより一層スパイラル的な動きとなっていくことが想定されます。通貨安すなわち円安がインフレをもたらし、更なる通貨安(円安)進行が期待インフレ率の上昇に繋がる、とここまでは一般的ケースと同じです。しかし、日銀が年間に80兆円という年間の国債新規発行額の2倍(借換債分を除くベース)に当たる巨額な買い入れを行っている環境では、期待インフレ率上昇でも格下げでも長期金利の上昇は起こりません。またインフレ加速を目標に掲げている以上、短期金利の引き上げなどあり得ません。前回のコメントでご説明した通り、そのしわ寄せはすべて「更なる円安進行」という形で現れます。インフレ加速は日銀の目標だとは言え、早晩、誰もそんな形(過度な円安進行により)でインフレ加速させてほしくない、景気に悪影響しかない、との声が上がってくるでしょうが、時すでに遅し。その段階では国内景気への悪影響が拡大し、企業業績も悪影響を受けます。企業業績が明確に悪影響を受けるとならば、さすがに株価も下落するでしょう。円安株安という相関が生まれるときです。それは更に円安進行が加速する要因になり、スパイラルがヒートアップしていきます。
日本は長年、自国通貨高に悩まされてきた、という非常に特殊な国です。今でも、政府や日銀がちょっと手を緩めたら、たちまち100円割れ位まで円高に戻るのではないか、と考えている人が相当存在するようです。しかし、日銀の異次元緩和と米国のQE3終了で、局面は全く変わりました。過去(1990年代のポンド・ショック、アジア通貨危機、ルーブル・ショックなど)も現在(ロシアやブラジル)も、国が通貨の問題で頭を抱えるのは「自国通貨安をどうやって食い止めるか」であり、その答えは「妙案はない」なのです。今や日本は、金利上昇というバッファーが無い分、一般的な国よりも通貨安進行に対して何一つ打つ手はありません。保有外貨の範囲でしかできないという限界を抱えたドル売り自国通貨買い介入が何の効果もないことは、最近のロシアを見れば明らかです。ロシアの今後の行く末に注目することは、1-2年後の日本を考える上で大変参考になると思います。