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2015年3月11日のマーケット・コメント

円安進行を受けて、以前から親交のある方(普段投資活動はしていない弁護士の方)から、以下の質問を受け回答しました。皆さまも同様な疑問があるかもしれないと思い、参考までにここで公開させていただきます。

(1) 円安不況・円安倒産というのは、現実にはあり得るのでしょうか?
お教えください。


ご存じの通り企業の収益構造は、製造業であれば原材料を仕入れ、それを加工して製品にして売る、小売業であれば製品を仕入れ、それを消費者に売る、ということで、売り値と仕入れ値の差額が粗利益です。為替変動が収益に影響を与えるのは、仕入れ(入り口)と売り値(出口)の通貨の違いがある場合に発生します。(入口も出口も円であれば、為替の影響はありません。)

日本は基本的には何の資源も持たないため、エネルギーにせよ工業原料にせよ、ほとんどの場合入口はドル(輸入だから)です。つまり日本経済全体の入り口はドルから始まり、円安進行は輸入価格を上昇させる、すなわち仕入れコストの上昇要因となります。(円安のデメリット)問題は、仕入れコストの上昇分を売り値の値上げにどれだけ反映させることができるかですが、取引先が値上げを認めてくれない、もし値上げしたら他社にシェアを奪われてしまう、などの理由で仕入れコスト上昇分を売値の値上げに転嫁できない企業は多数存在します。特に、取引先が大企業の中小企業や、消費者相手の製造販売業(パン屋、豆腐屋、ケーキ屋など)がそれに当たり、実際に円安が原因による中小企業の倒産はすでに発生しています。【円安倒産】

電力会社など、事実上競合他社がない場合、企業は仕入れコスト上昇分を価格転嫁できますが、それは値上がりという現象により、円安のデメリットが消費者に転嫁されていることであり、企業業績に悪影響がない代わりに消費者の購買力が低下し、消費支出を抑えなくてはならなくなり、経済全体への悪影響となるのです。【円安不況】(ガソリン、電力料金などエネルギーに関しては、最近のドル建て原油価格の大幅下落により、円安デメリットが見えにくくなっていますが。)


(2) 円安によってもっともメリットを受けるのは、
輸出と海外生産の多い大企業であると思われます。
(上位10社で増益分の8割を占めるとの報道もありました)
その結果として、大企業で働く者と中小零細企業で働く庶民との格差が、
さらに拡がると思います。円安が格差拡大の一因であるという考え方は
正しいでしょうか? お教えください。


上記のように、円安によって業績がメリットを受ける企業とは、「入口」が円「出口」がドルという収益構造の企業です。海外生産が多くてもそれが海外販売されているとすれば、業績は為替変動にはあまり影響されません。(海外子会社の利益を円換算する時に円安が多少メリットになる程度。このメカニズムに関しては拙著「円安恐慌」の94-96頁をご参照ください。)「入口」が円「出口」がドルという典型的な収益構造の企業が、トヨタに代表される自動車完成車メーカーです。ご指摘の上位10社の大部分が自動車完成車メーカーです。自動車完成車メーカーは、国内の自動車部品メーカーから円で仕入れ(入り口は円)、国内で生産された自動車を国内販売だけでなく輸出(出口はドル)しています。

ただしそれは自動車産業の一番上しか見ていない議論です。自動車が全量鉄で出来ているとしましょう。国内には鉄の原料は無く、鉄鉱石および石炭は全量輸入(入り口はドル)です。鉄鋼メーカーは原材料を鉄にして自動車部品メーカーに売ります。自動車部品メーカーは仕入れた鉄を加工して自動車部品にして、自動車完成車メーカーに売ります。(出口は円)つまり、入り口で生じる円安デメリットは、鉄鋼メーカーと自動車部品メーカーに吸収され、だからこそ自動車完成車メーカーは円安メリットを享受できるのです。

実際には鉄鋼メーカーは新日鉄住金など大手、自動車部品メーカーは幾層もの下請構造で成り立っており、最下層は中小企業であることを考えると、多数の中小自動車部品メーカーが円安デメリットを負担させられている(業績に悪影響を受けている)と推察されます。ヒアリング調査でも同様の結果のようです。

「格差」というご質問ですが、円安デメリットを負担させられ業績に悪影響を受けている中小企業の経営者および従業員の所得は、減ることはあっても増えることはまずないでしょう。「格差」という言葉が「上と下の差」とすると、「下」はさらに下に行く状況です。しかし「上」はもっと上にはいきません。トヨタがいくら業績を伸ばしても、従業員の所得は高がベアで数千円(1-2%)増えるくらいの話です。インフレを上回るかどうかという程度で、「上」はせいぜい横ばいというところです。つまり、円安デメリットは「下」をさらに下に作用し、円安メリットは企業に内部留保として蓄積され、日本経済には好影響が出てこない、という構造です。もし得益の一部で設備投資を増加させるとしても、それは多くの場合国内ではなく海外での設備投資になるため、国内景気の押し上げには繋がりません。


(3) 上記(2)の現象の一方で、株価が上昇し日本は好景気のように
外見が飾られているようですが、庶民にはまったく実感のないことだと思います。
株高は、庶民の貧困化を隠蔽するための「めくらまし政策」であると思います。 
この考え方は正しいでしょうか? お教えください。


正しいです。アベノミクスの成果は、ご存じの通り実体経済には全く現れておらず、唯一の成果が株高です。株高が無くなってしまうと、成果は何一つなくなってしまいますので、安倍政権は必至で株高維持に取り組んでいます。しかしそれも、もはや最後の手段を使っています。それはGPIFの日本株大規模買い増しです。

3本の矢、特に成長戦略に対する期待から、外人投資家が日本株を買っていた2013年は問題なかったのですが、政策に本気度がないことが判明し、2014年は外人投資家は全く日本株を買いませんでした。(外人投資家は2013年は約15兆円の買い越し、2014年はわずか1兆円弱の買い越し、2015年は2月第3週までで1兆円弱の売り越し)そこで、政策期待により買いを誘発させることから、政府主導で株を買い上げる、という手段に出ている状況です。日銀の国債買い入れとは違い、GPIFの資金は巨額ではあるものの有限です。GPIFの公表資料から試算すると、買い増しは今年9月末までには終わります。そうなるともはや買い手はいなくなりますし、もし「日銀が大量に株を買う」など今以上にあからさまな株価維持政策を取れば、管理相場を嫌う外人投資家から大量に売りを浴びせられることでしょう。

株高による資産効果がタイムラグを置いて庶民にも回ってくる、といういわゆるトリクルダウンも、上記(2)の回答のような構造ですから、いくら時間がたっても起こるわけがありません。株高による資産効果は、ごく一部の個人投資家が高額品を買う、というところにとどまります。しかも多くの「高額品」は外国製品です。

ちなみにGPIFは昨年12月末で137兆円の資金規模ですが、掛け金収入は毎年2兆円、給付金は毎年6兆円という、ネットアウトフローの年金基金です。高齢化は今後も進み、ネットアウトの金額は徐々に増加しているのは明白です。そのような成熟度の高い年金基金の資産構成を、日本株25%、外国債券15%、外国株25%と、いわゆるリスク資産を合計65%にするというのは、年金運営理論(ALM=Asset Liability Management)からすると「キチガイ沙汰」です。いかに「なりふり構わず」かが伺えますが、GPIFの資金が国民からのいわば預かり金であること(ごく一部ですが僕のお金もはいっています)を考えると、憤りを感じます。


(4) 小生の尊敬する中前忠先生から2013年元旦にいただいたお年賀状には
「通貨を増発すれば経済が良くなる、というのは幻想です。
円安になれば、エネルギーや食糧などの輸入価格は騰がりますが、
賃金は上昇しませんし、年金が増えることもありません。」
と書かれておりました。
これは、まさに、実質賃金が、2014年12月まで
18カ月連続で下がっている現在の状況だと思います。
(厚労省・毎月勤労統計調査より)
円安の状況でも格差を縮小させる有効な経済政策とは何でしょうか? 
お教えください。


「大規模金融緩和は景気を刺激し、好循環を誘発する」という大義名分のもとに、現在の日銀による大規模金融緩和が行われています。しかし、マネタリーベース(日銀が供給する総通貨量)は急速に伸びているのに対し、マネーストック(市中に出回っている通貨の総量。マネタリーベースと信用乗数の積。)の伸びは、大規模金融緩和後も全く変わっていません。つまり、銀行はいくら日銀に資金を突っ込まれても、貸出先がどんどん見つかるはずもなく、余った資金は日銀の当座預金に金利0.1%で積んでおく、という状況だということです。資金需要が出てきていない、ということは実体経済に何の好影響もあるはずがありません。

一方で、通貨供給量を大量に増やすことにより、円安は進行しています。米国は量的金融緩和終了(2014年10月にQE3は終了)から年内には利上げ(ドル高要因)、という政策であることも、円安ドル高進行に拍車をかけます。円安進行は輸入物価上昇に直結し、コストプッシュ・インフレに繋がりますが、所得の伸びが期待できない中では、実質所得減少が続く以外の展開はあり得ません。原油価格の大幅下落により、インフレがしばらく鎮静化することにより、実質所得の減少は一服する状況ですが、原油価格という外部要因の一時的な変化によるものにすぎず、問題を根本的に解決する要因ではないことは言うまでもないでしょう。

「有効な経済政策」ですが、米国型資本主義社会への転換を図る、ということだと思います。すなわち、労働集約的製造業から知的財産依存型製造業とサービス業への産業構造転換、小さな政府、不必要な規制の排除、成果に対する公正な報酬制度などです。これにより「格差」はむしろ広がる可能性がありますが、「上と下の差」を小さくするという発想ではなく、「上」を増やし「下」を減らすという発想が重要だと思います。いかなる社会においても格差は存在しますし、共産主義がうまくいかなかったことで格差は社会の必要悪だということが証明された、とも言えると思います。問題は「上」を増やし、さらに上に行ってもらうことで、全体の経済成長を果たすことができれば、一定量存在する「下」を救済する社会保障の原資も確保できる、という米国型思考であるべきでしょう。好き嫌いはあるかもしれませんが、米国が世界で突出した経済成長成功国であることは、疑いようのない事実ですから。


(5) 日本の公債残高は地方債とあわせて1200兆円とも聞きます。
恐ろしい事実です。公債と円安との関連は
どのようにとらえればよいのでしょうか? お教えください。
なお、円安が進行すれば、日本の財政を支えている国債の価値が
暴落するのではないかと存じます。
今後、現実に、円安はどれほどまで進むのでしょうか? そして、そのとき、
国債は暴落するのでしょうか? お教えください。


政府は歳出を減らそうとする努力をする様子は全くなく、国公債残高は今後も増加が続くことは確実です。拙著「円安恐慌」のテーマの一つが「国債の国内完結構造」でしたが、2012年時点の予想では2017年にも、国内完結構造(預金、年金などの個人金融資産を原資に間接的に国債を保有する)が限界を迎えてしまうことは見えていました。そこで打ち出されたのが日銀が国債を大量に買い入れるという手法による大規模量的金融緩和策ですが、金融緩和策としての効果がないことは(4)の回答でご説明した通りです。

ではなぜ大規模緩和を継続し、しかも昨年10月末に規模をさらに拡大させたか。それは日銀の政策が「金融緩和」を目的にしたものではなく、その手段とされる「国債の大量買い入れ」が実は真の目的だからだと思います。すなわち、「国内に買い手がいなくなったら、長期金利が相当上昇しないと外人が買ってくれない。しかし長期金利の大幅上昇は、国の利払い費用の大幅増加に繋がり、財政運営に大きな支障をきたす。ならば原資が無限である日銀が買い支えればいい。」というロジックです。すなわち、国の財政赤字を中央銀行が補てんするという「国家財政ファイナンス」に他なりません。大規模量的緩和は通貨下落という副作用を伴いますが、「円安進行は日本全体にとって良いことだ。」と言いきってしまうことで、日銀は自らの政策を正当化しています。しかし円安進行には弊害があることはご説明した通りです。

つまり、日本は「長期金利上昇リスク」と「止められない円安進行リスク」を比べて、前者を守り後者を犠牲にするという選択を行ったのです。日銀が大量に買い支えている以上、円安がどこまで進行しても国債暴落は起こりません。逆に、円安は日本が「歳出大幅削減」に本気で取り組み、財政状態の健全化を図るまでどこまでも進みます。


(6) 日本の将来にとって円安が招来する
もっとも深刻なデメリット・深刻な状況についてお教えください。


上記(5)でご説明したこと、すなわち日銀の政策の目的が「金融緩和による景気浮揚」ではなく「国家財政ファイナンス」であると外人投資家が認識した時、円という通貨に対する信認が失われ、円安は加速、外人投資家は彼らが保有する株式、不動産などの円資産の売却を進めます。円安大幅進行、株価大幅下落、不動産価格大幅下落です。(1997年末にかけて、韓国で同じことが実際に起こりました。)ただし外人は持っていない日本国債は売れないため、国債相場だけはいつまでも安定が続くという、これまで誰も経験したことがない奇妙な光景が待ち受けます。

日本にとっての最大のリスクは、「円が国債決済通貨として使えなくなること」です。それは日本が外国と取引ができなくなることを意味し、生活必需品の多くを輸入に頼っている日本にとっては致命的です。ただ、米国が日本の事態をそこまで放置するとは思えず、実際には「在日米軍の活動に支障をきたす恐れが出てくるかもしれない」と米国が判断した段階で、IMFなどと連携して強制的に日本に歳出大幅削減を実行させ、事態の収拾を図ると思います。