本質を欠いたROE向上議論-適正資本規模の議論は?
本日の日経新聞1面に、日本企業のROE向上に関する記事が掲載されています。これに関して以前から感じていたことをお伝えします。
ROE(Return On Equity)とは、当期利益÷自己資本で計算される、企業の資本効率を見る指標です。以前から認知されていた指標ですが、年金運用などで採用が広がっているJPX400が採用銘柄選定基準にROEを使うことなどから、あらためて注目されているのでしょう。日本企業の平均ROEは約8%と、米国企業の約13%に比べると低く資本効率をもっと向上させるべきだ、という議論です。
ROEを向上させるためには、計算式の分子である当期利益を増加させるか、分母である自己資本を減少させるか、いずれかです。ところが、以前から日本ではROEを増やすための手法として、もっぱら当期利益の増加が意識されてきた印象です。当期利益を増やすこと、すなわちもっと儲けることは、企業の目標として自明のことであり、それを議論するためにわざわざROEを持ちだす必要はないでしょう。ROE議論が意味を持つためには、分母つまり自己資本の適正水準を考えなければならないはずです。
1980年代のバブルが崩壊、1990年代にその後処理に追われた日本の各企業は、内部留保を出来るだけ厚くし有利子負債を減らす、という方向で資本政策を取ってきた。その結果、多くの日本企業は自己資本過剰の状態にあります。
これは株価指標で表現できます。PBR(株価純資産倍率=株価÷1株当たり純資産、純資産=自己資本)、PER(株価収益率=株価÷1株当たり当期利益)。この二つの式からPBR÷PER=ROEという式が導けます。この式を変形すればPBR÷ROE=PERとなります。PERは同水準だが、PBRで見ると日本株は米国に比べてまだまだ割安、という議論があるが、それはその分ROEが低いからにすぎない、ということです。1÷1も1、2÷2も1なのです。すなわち、当期利益が増えなくても、日本企業は自己資本を現在の61.5%(8÷13)の規模に減らせば、ROEは米国並みとなります。
増配や自社株買いで、日本企業も過剰資本解消に動いているとの意見もあるでしょう。しかし仮に利益の株主還元率を100%にしても、それは自己資本の増加を回避するにすぎませんし、また自社株買いをしてもそれを消却せずに金庫株として保有を続けるのでは、資本政策上何の意味もありません。
大規模な自己株消却を目的に、大規模な自社株買いを行う。その資本政策を実行する大企業が現れたとき、日本でのROE向上議論が初めて意味を持つのですが、そのような企業が現れるのはいつになるでしょうか。その時まで、日本企業はバブル崩壊のトラウマにとらわれていることになります。もっとも米国では企業の資本過小を問題にする指摘もあり、適正自己資本水準の議論は確定したわけではありませんが。