「黒田発言」の意味
昨日、黒田日銀総裁が衆院財務金融委員会で「実質実効為替レートが、ここからさらに円安進行することはありそうにない」と発言したことを受けて、ドル円は2円を超える急落となりました。それを受けて、私は昨日「ドル円買い場!!」と発信しましたが、あらためてその根拠を詳細説明させていただきます。
まず昨日の発言のキーワードは「実質実効為替レート」と「衆院財務金融委員会」です。実質実効為替レートとは、世界に通貨バスケットに対するインフレ調整後の為替レートであり、名目為替レートが変化しなくても、日本のインフレが海外よりも低ければ実質実効為替レートは円安進行となります。1990年代以降、長きにわたって日本はデフレ状態であり、海外よりもインフレ率は低い状態が続きました。その結果、実質実効為替レートは1995年にピークを付けてから、トレンドとして円安進行となっています。(「実質実効為替レート」については、本日の日経新聞3面に解説記事がありますのでご参照ください。)つまり、「実質実効為替レートが、さらに円安になるとは思わない」という発言は、「日本のインフレが海外よりも低い状態にはしない」という意味なのです。インフレ喚起という目標に向かっての、日銀のこれまでのスタンスの確認です。
次に「衆院財務金融委員会」ですが、政治家を相手にする場だった、ということが重要です。発言は民主党の前原議員の質問に対するものでしたが、民主党だけでなく自民党内にも円安進行の弊害を感じている議員は少なくないため、従来の「円安進行は日本にとっていいことだ」と主張せず、円安進行反対派議員に配慮する形で、しかしおそらく議員には本当の意味がわからない実質実効為替レートを持ち出して発言したと思われます。6月19日の日銀決定会合後の質疑応答で、「あくまでも実質実効為替レートの話である」と回答する可能性は高いと思います。
しかし現実に発言を受けて相場は動きました。6月8日付のコメントで「シカゴ筋の円ショートポジションが積み上がってきている」ということをご紹介しました。つまり、短期投資家の円ショート(ドルロング)ポジションは、何かのきっかけでポジションクローズ、それによりマーケット・インパクトが出やすい状態にあった、ということが今回の急落の背景です。急落により一気にポジション調整が進んだと思われ、また値幅的にも5月14日の安値118.89円から6月5日の高値125.86円の半値押し122.38円とほぼ同水準の122.45円までの調整があり、その後は122.50円水準がサポートとして機能していることを考えると、値幅調整も十分と判断されます。
6月17日(日本時間6月18日早朝)にはFOMCが控えています。声明ないしは会見で9月利上げのニュアンスを含めてくる可能性は高く、そうなればドルが反転する形で円安ドル高となるでしょう。ただ、一点だけ気がかりなのが、最近の米国長期金利の上昇基調です。(米国10年国債利回りは今月に入って2.2%から2.5%まで上昇)QE3縮小に先立ち、2013年5月に当時のバーナンキ議長が「9月にQE3縮小開始」というニュアンスの発言をしたところ、9月に向けて米国長期金利(10年国債利回り)が1.7%から3%寸前まで急上昇、更なる金利上昇リスクは取れずにQE3縮小開始は12月に後ろ倒しせざるを得なくなった、という苦い記憶を当時副議長だったイエレン議長も共有しているはずです。直近の長期金利上昇を受けてFRBが政策スタンスを変えてくるとは思えませんが、「9月利上げのニュアンス」と「長期金利上昇回避」をどのような表現で両立させてくるか、注目です。