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2016年2月22日のマーケット・コメント

日本の経常黒字拡大は本当に対ドルで円高要因か

ある経済週刊誌のコラムに今回寄稿した編集前原稿です。(編集前原稿ですので、著作権の問題はありません。)

 

最近の円高進行を、米国は経常赤字であるのに対し、日本の経常黒字は拡大していることがその要因だとする解説を目にする。そこで、その解説の信憑性を考えたい。まずは理屈で考える。経常収支とは、ネットでお金がその国に海外から入ってきていれば黒字、その国から海外に出て行っているなら赤字という統計だ。経常黒字であれば、流入する外貨を自国通貨に転換、経常赤字であれば、流出した自国通貨は海外で外貨に転換される。つまり、経常黒字であれば外貨売り自国通貨買い、経常赤字であれば自国通貨売り外貨買い要因となる。したがって一般論としては、経常黒字国通貨は高くなり、経常赤字国通貨は安くなる、という理屈は正しい。

しかし、ドルに限定して考えると話は違ってくる。米国が経常赤字である大きな要因は、海外で保有されている米国債に対する利払いだ。米ドルは事実上の基軸通貨であるため、日本を始め各国は外貨準備の大部分をドルで、具体的には米国債で保有する。利払いを受けた各国はドルを自国通貨に転換することはせず、ドルのまま保有を続ける。つまりドル売りは行われずドル安要因にはならない。日本は約1兆2000億ドルの米国債を保有しており、2015年の経常黒字約16.6兆円のうち米国債の利払い収入が約3分の1だと思われる。ドルでの保有を続けるため、少なくともその分はドル売り円買い要因にはならない。世界中に保有需要のあるドルに限り、米国が経常赤字でも、それはドル安要因にはならないということだ。

次に過去の相関を振り返る。もし日米の経常収支とドル円レートに相関があるなら、日本の経常黒字と米国の経常赤字の差が拡大している時期には円高ドル安、縮小している時期には円安ドル高になっていたはずだ。ところが過去15年振り返っても、そのような相関はまったく見られない。特に2007年から2009年は、米国の経常赤字は大幅減少、日本の経常黒字は大幅減少していた。相関があるなら大幅な円安ドル高になっていたはずだが、実際には大幅な円高ドル安だった。

更に時期を考えても、おかしいことがわかる。日本の経常黒字拡大は、原油を始めとする資源価格の大幅下落が背景で、実際に資源価格の下落と歩調をあわせ、経常黒字は2014年10-12月以降拡大を続けている。一方、対ドルの円レートは、少なくとも2015年6月までは円安基調で、円高基調が始まったのは2015年8月、円高加速は今年2月になってからだ。このように時期も符合しない。

2007年以降、対ドルでの円レートと最も相関が高かったのは、FRBと日銀の通貨供給の勢いの差だ。それは今なお円安ドル高進行を示している。その相関は皮肉にも昨年12月にFRBが利上げを決めてから崩れ円高ドル安が進んでいるが、それは株価下落などを受けてポジション縮小を余儀なくされた投資家により値動きが作られ、トレンドフォロー形のヘッジファンドがその値動きを加速させたに過ぎない。今や海外の投機筋では明らかに円高に賭けるポジションが多い。経常収支で円高進行の理屈をつけるより、中央銀行の政策変更など何らかのきっかけで投機筋ポジションが解消され、崩れている相関が一気に戻る可能性のほうがはるかに高いのではないか。