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2016年5月10日のマーケット・コメント

昨日の麻生発言の印象

 

昨日、参議院予算委員会で麻生財務相は「為替介入する準備ができていると申し上げる」と発言し、それを受けて円安ドル高進行となっています。しかし、私が受けたのは、実際には為替介入はできないから、あえて強気な発言をした、という印象です。実際に介入するつもりならば、事前予告などせずにいきなり実行したほうが、市場への効果が高いのは明らかだからです。

 

振り返ると、「投機的で急激な市場の動向に対しては、為替介入が正当化される」という合意を取り付けるべく望んだG20では、逆に米国に為替介入に釘を刺される結果となり、さらに米国財務省は4月29日公表の資料で、日本を為替操作の「監視対象国」に加えたことを明らかにしました。それを受けて麻生財務相は「そのこととは関係なく、必要とあらば為替介入も辞さない」と発言しましたが、為替介入と言う手段は事実上封じ込まれた、と見ていいでしょう。実際には介入はできないので、せめて口先介入を行なった、というのが昨日の発言だと思うのです。

 

インフレ期待は、政府・日銀の思惑とは逆に、低下傾向であることは事実であり、国内景気の低迷も鮮明です。日銀は4月28日に発表した「経済・物価情勢の展望」レポートで、2016年度のインフレ見通しを前回(2016年1月)の+0.8%から+0.5%に引き下げました。また同レポートで、2016年度の実質GDP成長率見通しは+1.5%から+1.2%に引き下げられました。インフレ期待の低迷に関して、以前から黒田総裁はその原因を「原油をはじめとする資源価格の大幅下落」と説明していました。しかし、資源価格は2月半ばに底打ちした後、相当程度反発しており、その説明はもはや不適切でしょう。現在説明を行なうとすれば、原因は低迷する国内景気と円高進行だ、ということになるでしょう。その状況を変えるために、政府・日銀は何らかの対策を打たなければならない時期に来ていることは明らかです。

 

為替介入ができないとすると、急浮上してくるのが、10兆円規模の大型財政出動の可能性です。低迷する国内景気対策ということに加え、熊本地震という不幸な災害があったことで大義名分は立てやすいでしょう。またG20でも、積極財政出動は問題ないとされました。財政出動の内容は、これまでのような公共投資ではなく、低所得者や高齢者に対する減税や給付金など、いわゆる「バラマキ型」の内容になるでしょう。そして、10兆円規模、場合によっては20兆円規模の財政出動を行うとなれば、その財源は国債発行しかないでしょう。財源を中央銀行が供給し、それを政府が国民にばら撒くと言う、今話題の「ヘリコプター・マネー」型の政策です。

 

通常なら国債発行の大幅増額は、国債市場の需給を大きく崩します。しかし今は日銀が年間80兆円という、新発国債のおよそ2倍の規模で国債を買い入れており、消化には何の懸念もありません。また、同じく国内景気低迷を理由に、2017年4月からの消費増税も見送られる可能性が高いでしょう。これらは財政健全化とは間逆を向く政策であり、通貨下落要因です。すなわち、形を買えた円高対策でもあり、政府としては一石二鳥というところです。

 

これまでの安倍首相の実績を振り返ると、主なものは以下です。

1.第3の矢と位置づけられた成長戦略は、不発に終わっている。特に、既得権益者を打破するような岩盤規制の規制改革には、まったく踏み込んでいない。

2.財政健全化を図ると言っておきながら、それとは真逆の、しかし国民のほとんどが望む消費増税の延期を実行した。

これらを考えると、安倍首相は「国民全員から人気を得たい。誰からも恨みを買いたくない。」という軸で行動してきたと言え、サミットや参議院選挙が控えているということもあり、大規模バラマキ財政出動を行なう可能性は高いといえるでしょう。

 

しかし国民の人気を得て、またごく短期的には市場にも好感される(円安株高)かもしれませんが、中長期的には大きなリスク要因になります。どこからどう見ても「財政ファイナンス」だからです。日本の場合、通貨問題と言えば、常に円高進行をどうやって食い止め、円安に持っていくか、でした。しかし、日本はむしろ特殊な例であり、過去も現在も、国家が苦しむ通貨問題は、財政規律を無視した結果、通貨下落の歯止めが利かなくなることです。

 

企業業績発表が進み、2016年度の業績見通しが予想以上に弱いことが徐々に明らかになってきています。株価の下落要因です。業績不振の原因は、想定どおり中国をはじめとする新興国の経済成長鈍化であり、国内景気不振ではありません。つまり、バラマキ型の財政出動がなされても、業績不振を改善させる効果はほとんどありません。とはいえ、目先は株価下落に引っ張られて円高進行する可能性が高い状況だと思いますので、まだ積極的にドル買いをする局面ではないと思います。しかし、バラマキ型の財政出動が打ち出され、日本株下落でも円安進行するようになったら(円安株安)、それはまさに待ち望んでいた状況であり、本腰を入れてドル買いを再開すべきです。