一部製品への関税発動延期だが基本的状況は変わらず
昨日米国通商代表部(USTR)は、9月1日に10%の関税発動が予定されていた3,000億ドルの中国製品のうち、1.健康や安全、安全保障に関わる製品は関税対象から除外する、2.携帯電話、ノートパソコン、ゲーム端末、一部の玩具と衣類・履物に対する関税発動を9月1日ではなく12月15日とする、3.追加関税措置からの除外手続きを別途実施する、という3点が発表されました。特に注目されるのは2.で、米国のクリスマス商戦に影響を与えないよう配慮したと思われます。
この発表を受けて、米国株は上昇、米国債券は小幅下落(金利小幅上昇)、米ドルは小幅上昇、ドル円は一時107円トライまでの上昇となりました。これを受けて本日の日本株市場では、半導体関連や電子部品関連銘柄を主導に反発の動きとなっています。ただ、これにより基本的状況が変わったとは言えません。9月1日から発動の場合に比べ、9月から関税発動の12月15日までの生産・販売は需要の前倒しにより増加しますが、その分関税発動以降の1-3月期の生産・販売の反動減が見込まれ、下期トータルで見れば大きな変化はないでしょう。
米国市場でも株と債券の反応はまちまちです。トランプ大統領が3,000億ドルの中国製品への9月1日から10%の関税発動をツイッターに書き込んだ8月1日から、株安債券高となりましたが、米国株は既に下落分の半値を戻しているのに対し、米国債券は高値からわずかに調整した水準に過ぎません。今回の措置により基本的状況に変化がないことを考えると、債券市場の反応の方が株式市場の反応よりもしっくり来ます。今日の日本株とドル円の反発は単なる戻りにすぎず、景気敏感業種を中心に日本株には売り姿勢、ドル円は様子見姿勢を継続します。
*これ以下は学術的な話になりますので、ご興味がおありの方だけお読みください。
S&P500の今期予想EPSは約165ドルで、年初の時点からほぼ変わっていません。一方で、S&P500は年末の2,506.85から昨日の2,926.32まで16.7%上昇しており、予想EPSの増加がなかったわけですから、この上昇のすべては予想PERが15.2倍から17.7倍に切り上がったことに起因することになります。これは金利低下で説明できます。米国10年国債利回りは年末には2.685%でした。PER15.2倍ということは、益利回り(PERの逆数)は6.57%で、イールドスプレッド(利回りの差)は6.57-2.685=3.885となります。昨日引けの米国10年国債利回りは1.705%でした。PER17.7倍を益利回りにすると5.65%ですから、イールドスプレッドは5.65-1.705=3.945となります。年末時点のイールドスプレッド3.885と10年債1.705%をベースにすると、1.705+3.885=5.59となり、益利回り5.59%はPERに直すと17.9倍となりますので、S&P500は165×17.9=2,953.5までの上昇は金利低下により許容されることになります。つまり、年初から金利水準が大幅に低下した米国市場では、金利低下によるPERの切り上がりで株価上昇が正当化されます。
同様の事を日本市場で行ってみると、年末時点でのTOPIXの今期予想EPSは117で、現在は114です。年末時点のTOPIXは1,494.09(予想PER12.8倍=益利回り7.81%)、現在は1,494.23(予想PER13.1倍=7.63%)です。日本の10年国債利回りは、年末時点で0.003%、現在は-0.225%です。年末時点でのイールドスプレッドは7.81-0.003=7.813、現在は7.63+0.225=7.855となります。年末時点でのイールドスプレッド7.813と10年債-0.225%をベースにすると、-0.225+7.813=7.588となり、PER13.2倍に相当します。つまり、日本株でも金利低下とPER切り上がりによって、年初来の株価変動は説明できます。現時点でTOPIXは年初来ほぼ横ばいですが、金利低下によるPER切り上がりが予想EPS減額でちょうど相殺された形となっています。
今後を想定するにあたり、日本株は米国株よりも大きく不利です。まず予想EPSですが、今後も中国を始め世界景気の減速が継続する見通しです。株式市場全体に占める景気敏感業種の比率は日本の方が米国よりも圧倒的に高く、その結果予想EPSの切り下がり余地は日本の方が圧倒的に高いということになります。次に更なる金利低下余地です。米国ではまだ金利低下余地は大きく、1.705%から2016年7月の過去最低水準1.359%まで0.35%の低下余地、ゼロ%までは1.705%の低下余地があります。一方で、日銀が10年国債利回りの変動幅の目安を-0.2%~+0.2%としている状況で、現在は-0.225%と目安となっている下限を越えて低下しており、更なる金利低下余地はほぼ全くありません。結論として、米国株は今後も相対的に堅調、日本株は相対的に下落が大きくなる見込みです。