史上最大の裁定売り残の影響と解消のプロセス
最近、裁定に伴う現物株ポジションが話題になっています。裁定とは先物と現物の価格の一時的なゆがみを収益化する取引で、先物が現物に対して割高方向にゆがんだならば「先物売り+現物買い」というポジションを取り、ゆがみが解消されたら「先物買い+現物売り」という反対売買でポジションを解消します。通常は裁定に伴う現物株ポジションは差し引きで買いになり、市場下落時に先物主導で売りが入った場合、「先物買い+現物売り」という反対売買が行なわれることにより、下落を加速させる動きを誘発します。
最近話題になっているのが、この裁定に伴う現物株ポジションが差し引きで売りになっており、その金額が8月23日時点で1兆4,251億円と、統計を取り始めた1991年以降で過去最高となっていることです。8月6日以降、明らかに前日の米国株に対する日本株の感応度が低下した状態が続いています。日本株は米国株よりも業種構成の景気敏感性が高いため、米国株よりも変動性が高いのが通常でした。これが最近逆転し、その背景理由が理解できずにいました。しかし最近になって、どうやらこの過去最高の裁定売り残が関係しているのでは、ということに気づきました。
そもそも過去最高の裁定売り残が積み上がった経緯とは、先物が現物に対して割安方向にゆがむことが多く、「先物買い+現物売り」というポジションを裁定業者が取り、そのポジションを解消する機会があまりない状況が続く中、ポジションが積み上がったということです。この背景は、先物の主体別売買動向を見ても明らかなように、外人投資家が継続的に先物を売っていることにあります。先物主導の市場下落のブレーキ役になってきたのが、裁定業者の「先物買い+現物売り」だったわけです。市場反発時は逆で、買い戻しにより先物主導で上昇すると、裁定の解消が起こり「先物売り+現物買い」となり、やはり市場上昇のブレーキ役となってきたのです。
ではこの状況が変化し、従来の状況に戻るためにはどのようなプロセスが必要でしょうか。「先物買い+現物売り」というポジションが解消されるためには、先物が現物よりも割高にゆがむことが必要です。そのパターンは2つ考えられます。一つは先物に継続的に買いが入ること、もう一つは現物主導で売りが入ることです。日本株を取り巻く現在の状況は、米中貿易戦争激化で中国依存度の高い日本企業の動向は懸念され、日本10年国債利回りは-0.3%まで低下し、日銀の更なる緩和策は見当たらず、10月には消費増税が控え国内景気への影響が懸念される、という状況です。つまり、先物に継続的な買いが入りそうな状況ではなく、次に起きるとすれば現物主導で売りが入ることでしょう。
外人投資家の先物売りは、もちろんヘッジファンドなどの短期投資家の値幅取りも含まれているでしょうが、年金基金などの中長期投資家の現物株ポートフォリオに対するヘッジ売りも少なからず含まれていると想定されます。中長期投資家が日本株への配分比率を削減しようとする時、流動性の高い先物でまず売りポジションを取り、その後ある程度時間をかけて現物株を売る、という行動を取る場合が多く見られます。その場合、現物株の売りと同時に先物を買い戻せば、需給的には中立ですが、削減方針継続の場合、先物を買い戻さずロールオーバーさせ、現物株の削減を続けます。
中長期投資家は資産配分の見直しを通常四半期ごとに行ないます。ここ最近は、現物株の出来高は低調で、主体別売買動向も小動きで、中長期投資家が動いている形跡はありません。次に動きが出るとすれば、10-12月期だと思われます。その時期になれば、10月以降の業績動向も見えてきて(下期回復シナリオが崩れる)、中国の景気減速も一層鮮明となり、Brexitの期限(10月末)も到来します。日本株は、9月中は現状のレンジ内の感応度の低い動きが続き、10月以降にレンジを下抜けする、をメインシナリオとします。